臨終の近傍
100歳の誕生日。
たぶんこの辺りが私の臨終の近傍。
この度のインフルエンザ風評被害は、観光業界に関わって
いなくとも京都市民として人ごとではない。
舞鶴は、全国的に観光というイメージでとらえられているか
どうかはべつとして、個性のある街の一つではある。
その舞鶴が、京都市からはかなり離れているにもかかわらず、
やはり観光への影響を受けているという。
舞鶴市では、海上自衛隊が土日と祝日に護衛艦の
一般公開を行っていますが、新型インフルエンザの
ウイルスが艦内に持ち込まれる危険があることから、
先週末から中止にし、総監部の中にある海軍記念館も
休館にするなど、観光への影響も出ています。
舞鶴市の山下美晴観光振興係長は、「遊覧船の
衛生管理をはじめ、舞鶴市では万全の対策でのぞんで
いる。ぜひ安心して海軍ゆかりの街にきてほしい」と
話しています。(NHKニュースより引用)
これは、本来なら舞鶴に遊びに来てくれたはずの人が、
「舞鶴でインフルエンザに感染したら困る」と思って
二の足を踏んでいるわけではないだろう。
むしろ、「週末は京都まで遊びに行く予定だったけど、
市内は危なそうだから趣向を変えて舞鶴にでも……」と
発想を変えてもらうチャンスだったかも知れないのに。
護衛艦の一般公開を中止したり海軍記念館を休館にして
いるのでは、「海軍ゆかりの街にきてほしい」と言われ
ても、そのコンセプトを堪能できない。
万全の対策のため護衛艦や記念館は見られないけれども、
ほかにもたくさんあるはずの見どころを、ぜひ紹介して
ほしいものだ。
これでは、むしろ舞鶴へ向かおうとする方が「あなた、
感染者じゃないでしょうね」と拒まれている気すらする。
昨年5月に出た自著の第二弾。
「おとなの楽習6 数学のおさらい 図形」(自由国民社)
目次と前書きの抜粋はこちら。
中学校で習った内容をおさらいするという
コンセプトだけれど、実際には中学校
どころか高等学校ですら習わないような
ことにも触れてみた。
こんなことも、中学校で教えてほしいなぁ。
そうしたら、数学好きの生徒が増えるかも
しれないのに……という思いが詰まっている。
受験対策ばかりじゃ学問ができる人間は
育たない。もちろん、入試問題にも良問は
たくさんあるけれど、それとこれとは別問題。
今回、最も苦労したのは「略歴」かも(^^;)。
本文やまえがき等は昨年までに書き上げて
いたけれど、忘れた頃(今年3月)に、今度は
本の後ろに掲載するからと略歴を頼まれた。
そこで、あらためて略歴をまとめようとすると、
特筆すべき内容がない!
まったく、短文ほど苦労するものだ。
メルマガ「続★PTA☆たかが役員されど役員」より
上記の「学校問題解決支援」のほかにも、「プロジェクト型教
育」のシンポジウム、おやじの会の講演会・座談会など、2月も
いろいろ参加しました。でも、振り返ってみると、動員要請に応
じて出席したものが何一つない!? 動員要請のあった研修会等
はいろいろあったのですが、「出てみて損はないかな」と思うに
は程遠いのでしょうか(^^;)。だから強制的な動員で人を集めて
いるともいえます。
年度の後半、特に年が明けてからは、やたらと研修や総会の類
が増えてきます。PTA連絡協議会(P連)やP連支部が主管の
催しは、予算消化というよりノルマ消化ですね。
P連支部の総会や研修会は、今年はこの学校が担当校というふ
うに、一年ごとに順番に仕切り役を回しています。担当校に当
たったPTAの役員さんにとっては、通常のお仕事に加えて支部
のお仕事が増えるわけです。それも何年かに一度回ってくるだけ
のものですから、ノウハウの引き継ぎは単P内ではなく、他校の
前年度の旧役員さんからということになります。
そんなこんなで、年度の後半になってから立て続けに三度の研
修会が実施されましたが、正直、あまり魅力的な研修ではありま
せんでした。どれも無意味とは言いませんが、たとえば、関東か
ら企業の偉い方を呼んでこられた講演会。なんでも学校の校長先
生のお知り合いだとかで来ていただいたそうですが、P連支部の
研修会としてはどうなんだろうと感じます。環境に関して企業が
どのような取り組みをしているかということで、個人的には参考
になる部分もありますが、「PTAではこんな事ができるので
は?」というふうにはつながりません。どうせなら、支部の地域
で取り組んでおられる堆肥作りの勉強会など、身近なところで成
果や実績を出している団体の活動を報告してもらった方が、PT
A活動の参考になるはずです。
あるいはまた、2月に「特別支援教育」、3月に「学校・家庭・
地域・企業の連携」など、そろそろ交替という時期の研修会。
いっそのこと、次年度の役員さんに出てもらったほうが役立つの
では? と思うようなテーマです。どうしても研修がこの時期に
ずれ込むのであれば、ずばり「役員OBの可能性」みたいな、役
職を離れてからのあり方を指南していただけたほうが……と思う
わけです。
そんなこんなで、ブログにも少し書きましたが、支部のお当番の
仕事や周年事業など「当たり年」の役員さんの支援を役員OB会
がしていくことで、役員OBとしての力や人脈が発揮できるので
はないかと考えた次第です。
メルマガ「続★PTA☆たかが役員されど役員」より
先日、学校問題解決支援に関するシンポジウムに参加してきま
した。ここでいう学校問題とは、いわゆる”モンスター・ペア
レンツ”のことです。基調講演「○○市学校問題解決支援チーム
設置の意義と活動内容について」というタイトルからわかるとお
り、市教委でモンスターペアレンツ対策の組織を作ったから、そ
のアピールをするというシンポジウムですね。わざわざ宣伝を聴
きに行くほど暇人じゃないとも思ったのですが、パネルディス
カッションのタイトルが「学校と保護者、地域との信頼関係構築
のために」となっています。「役員OBとして何ができるか?」
のヒントがありそうな気もして、ちょっと覗くつもりで行ってき
たのでした。
基調講演やパネルディスカッションでは、「親がこうすべきだ」
「PTAが受け皿になったらよい」みたいなお説教(だけど正論)
が目立ちました。最後は会場からの意見発言です。最初に手を挙
げた方が、「私は元モンスターペアレントでした」と切り出され
ました。学校に関心があるからこそ、端から見たら理不尽とも思
える意見も含め、逐次学校に投げかけておられたそうです。そし
て、学校はその意見のいいなりになったのではなく、ただ、話を
ずっと聞いてくれたということでした。その方は、いまは地域や
小学校で活躍されています。
学校への感情的な意見や苦言が直接先生方に向けられると、人
手が足りない中で執務をこなされている先生方は、子どもたちに
向かったり専門性を高める時間がますます減ってしまいます。だ
れかほかの保護者やPTAが言い分を聞いてあげてワンクッション
入れることができれば、その段階で解決できることも多いのでは
ないかというのは確かに正論。ただ、PTAでそうした「聞き役」
をあらためて組織するのは、なかなか大変です。まったく同じ保
護者という立場で聞き手になると、ときとして聞き手までが判断
の客観性を失ってしまうかもしれません。
こんなとき、「もう子どもは昨年に卒業してしまったけれど」
ぐらいの先輩保護者が聞き手になれたら、相談者の気持ちを受け
とめながらも暴走をおさめる方向に持って行けるのではないで
しょうか。あんまり先輩すぎると共通で知っている先生がいな
かったり、教育活動の内容が日進月歩で変わる中、親身になって
聞くことよりも半分自慢の昔話で先輩風を吹かせてしまう恐れが
ありますから、「私も去年はそう思ってたのよ。でもね……」と
言ってあげられるぐらいの先輩がいいですね。
メルマガ「続★PTA☆たかが役員されど役員」より(後半書き下ろし)
引き継ぎの日程も決まり、着々と引き継ぎ資料の整理を進めて
いる今日この頃。この一年間は本部役員としての実務をこなすこ
とが中心だったわけですが、これからは「役員経験者として何が
できるか」を、常に模索していくことになります。
さて、次年度の役員さんの中には、選出委員(推薦委員・選考
委員)をなさっていた方も少なくないでしょう。このメルマガで
も、第19号で選出委員の話題を取り上げました。
役員を自分で引き受けられた選出委員さんは、この期に及んで
「犠牲になった」と恨み節を呈することもなく、「やるからには
がんばろう」と前向きな気持ちで心の準備をしてくださっている
ようです。ところが、外野にはそれがわかりませんから、「あな
たが断ったから、仕方なく選出委員さんが引き受けられたんだっ
て?」というようなことをところどころで言われます。
役員を頼まれても多くの人が固辞する理由は、こういう思考回
路にあるのかもしれません。「一年ぐらいならがんばってみても
いいかな……」と前向きに考えられる人は、けっこういらっしゃ
ると思うのです。けれども、一度引き受けると次の年もまた頼ま
れたり、PTAとはべつの町内会の役員まで次々と頼みに来られ
るかと思うと、初めから何も引き受けない方がまし、ということ
になるのですね。
実際、私も小学校のPTA役員を引き受けたことがきっかけで、
これまでに「生協総代」「少年補導支部委員長」「消防団」など
次々と頼まれたり誘われたりしました。いま、中学校で役員をし
ているのも、小学校でやってきたからにほかなりません。まさに
「小学校でやったら中学校でも」の噂通り。辺りを見渡してみ
ても、何か役を引き受けている人は毎年のように何らかの役をな
さっていて、しかも複数を兼任ということも少なくありません。
けれども、そういう方は初めて役員を引き受けたときに騙され
ていたわけではありません。また、今後毎年のように何か頼まれ
るとわかっていて喜んで受けたということもないでしょう。
ただ「子どもが世話になっているのだから一回ぐらい引き受け
ておこう」とか「一年間なら……」と思って受けられるのです。
そして、一年だけだったはずが二年、三年と続けたり他の役を
引き受けられるようになるのは、単純に「我慢の一年」を延長さ
れるわけではなく、一年間の奉仕の間に意識が変わってくるとい
うこともあるのでしょう。
中には変にハマってしまう人もあるようですが、たいていは親
として、大人として、ワンランク成長された結果だと思います。
「子育ては親育ち」とよく言われますが、我が子を育てることで
自分が親として成長していくように、もう少し大きな枠で人との
関わりをもち、「子どもたちの保護者」「地域の大人」として成
長していくのです。
メルマガ「続★PTA☆たかが役員されど役員」より
PTAのコーラスサークルがある学校は多いと思います。
人に誘われて、あるいは委員だから仕方なく参加しているという
人もいますが、やっているうちにみんなで歌うのが楽しくなって
くる人も少なくはありません。音楽室でピアノに合わせて歌って
いると、少女時代がよみがえってきます。でも、子どもが卒業し
てしまうとおしまいなんですね。
そこで、PTAのOBを中心に地域の方々も誘いながら、小さな
コーラスサークルを立ち上げて2年になりました。
事務処理から人間関係のあしらい方まで、PTAの役員時代に培っ
た様々なノウハウは、こういうときにも役立ちます。
趣味でやってるサークルの運営は、PTAの役員職に比べたら気
楽で楽しいばかりに思われますが、まあ、一長一短といったとこ
ろでしょうか。
■PTAとの違い:その1:わざとつけない!?けじめ
気のあった者同士で運営するので、打ち合わせはランチを食べな
がら。あるいは居酒屋で。
楽しいのですが、これでは決めなくてはいけない案件がなかなか
進みません。数人いる世話役は、それぞれフルタイムで働いてい
たり、PTA役員をしていたり、みな忙しい人ばかり。けれども
親しい顔ぶれで集まると、ついついここでくつろいでしまうので
しょう。
PTAの役員会なら、雑談に流れそうになっても「みんな忙しい
時間を割いて集まってるのですから、決めることは先に決めま
しょう」と、話を元に戻すことが容易です。必要なことをさっさ
と話し合って、早く帰りたいという思いは共通なのです。
いっぽうコーラス世話役のミーティングは、さっさと決めてさっ
さと帰ることよりも、もっと仲間同士のおしゃべりも楽しみま
しょうという雰囲気に流れます。むしろそうしたおしゃべりの中
から、新しい発想が生まれてくるんじゃないかというわけです。
家に帰れば、そこは主婦業・母親業をするための職場。ミーティン
グという名のもとに集まったカフェで、時間を気にしながらも
「もうちょっと」と思ううち、なかなか帰れないということがあ
るようです。
■PTAとの違い:その2:全員が顔の見えるおつき合い
PTAでは、近頃は名簿の入手も難しくなり、同じ学校の保護者
同士でもなかなか顔と名前が一致しません。その代わり、行事の
担当者はビジネスライクに決まります。いや、どちらかというと
クジやジャンケンかな?
学級委員にしても、何かの行事の要員にしても、「○○さんなら、
これ、向いていそうよ」「○○さんもさそって5人で行きましょう
か」みたいなことにはなりにくいものです。
ここでは客観性が重視される分、公平さを欠くと文句が出ます。
ところがコーラスのサークルは、口コミがメインでで知人に声を
かけて誘ってきます。で、場合によっては「○○さんがいるから
誘わない方がよい?」みたいな余計な気配りも。
つまり、Aさんがaさんを誘い、Bさんがbさんを誘う段になっ
て「そういえばaさんとbさんは仲が良くなかったようだから、
誘うのを見合わせましょうか」などという、まったく主観と主観
のからみあいで組織が膨張していきます。
■PTAとの違い:その3:方向性が定まらない
一口にコーラスといっても、歌う目的は人それぞれです。
「とにかく歌が好き」「自分の時間をもちたい」「仲間をつくり
たい」そんな動機の違いもあれば、「舞台の上で自己表現したい」
「楽しみたい」「客席の人に感動を与えたい」といった、求める
ものの違いもあります。
また、「昼間なら練習に出やすい」「仕事があるから夜しか出ら
れない」という、事情の違い。「発表の場があるときだけ、短期
で練習する方が参加しやすい」「通年で練習日を設けてほしい」
という、要望の違い。「親子で参加できるようにすれば、子ども
の居場所づくりにもなるわ」「コーラスだけでなく、もっとゴス
ペルやらミュージカルやら、いろんなものに挑戦しましょうよ」
これは方向性の違い?
同じ歌を歌っていても、世話役の熱い思いの中には、そんなにも
いろいろな「違い」があるのです。これは、サークルが立ち上がっ
てそう日が浅くないということも影響しています。
昔からあったPTAで、子どものために育ち、育て合おうという
ような、一本通ったものができあがっていません。度々の方向転
換や株別れも想定の範疇です。
どちらが良いとも悪いとも判断できるものではありませんが、こ
うした流動性の大きさも、PTAとの大きな違いです。
今回のお話、PTAとはたいして関係がないように思われるかも
しれませんが、最近は、多くの学校で保護者による読み語り(読
み聞かせ)のサークルがどんどんできています。おやじの会なん
てのもあります。
完全にPTAとは離れた、あるいは独立している場合もあります
が、保護者の活動だということで、PTAの中でのなんらかの位
置づけがなされているところもあるでしょう。しかし、それは似
通った嗜好を持つ人たちの集まりであるという点で、PTAで半
ば強制的に組織された「~委員会」とは性格を異にするものです。
変化が激しく多様化している社会の中で、PTAのように連綿と
続いていく組織と並行して、これからはさまざまな集まりやグルー
プやサークルが、学校を拠点としてできていくでしょう。そんな
とき、それぞれの組織の性格を整理し自覚できれば、互いの本領
発揮にも大いに役立つのではないかと思っています。
谷崎潤一郎の「小さな王国」を読んだ。
絶対的な指導力を中心に据えた小さな王国。
王国が平和なのは、それが「学級」という
小さな閉空間だからだ。
引力のバランスで惑星が宇宙に漂うように、
人々は互いに牽制し合いながら、そこで
小さく生きている。
人々の目が自分自身にでもなく外の世界に
でもなく、王国そのものに向けられている
間だけ、小さな王国は安泰だ。
貧困からの脱却を求めて、共産主義に
参集する人々かいる。人々を救済する
気持ちで共産主義を唱える人は、
それはそれでその人の正義なのだろう。
しかし、自分が救われたいがために
その思想にすがるのはどうか。
いまの貧乏を通貨のマジックになんとか
してもらおうと思う根性こそ、貧乏の根源だ。
お金が減らない世界を作るのは簡単でも、
資源が減らない星を作るのは、その星の
表層に巣くっている生き物には不可能だ。
とある現役編集者・ライターのコミュニティで、
先月からマーケティングのことが話題になっている。
もともと出版社のマーケティングに関する問いかけ
だったが、ライターの販売戦略を語る人もいる。
そこに、なんとなく違和感を感じた。
ライターは、あくまでも書くことのプロ。
売れる本というより読んでもらえる文章を書きたいし、
本ができあがってからの売り方を考えるのは、出版社の
営業の方(売ることのプロ)におまかせ。
確かに、売れなければ読んでもらえない。買った人が
読んで満足しなければ、売り上げは伸びない。
そういう意味でも、売る人の売る努力、編集する人の編集
する努力、書く人の書く努力、それぞれのバランスが大事。
このバランスが崩れたりバラバラな方向へ行くと、良書が
読まれなくなったり、一過性のベストセラーがたちまち
古本屋に山積みということになるのだろう。
自分の原稿が使われている雑誌でも書籍でも、世に出た
時点でライターにとっては過去のもの。少なくとも私の
場合は、いまの原稿に向かってエネルギーを集中させる
ことで手一杯で、巣立って商材となったものについて、
さらにどう売るかを考える余裕はなかなかない。
ライターが何か「売る努力」をするとすれば、本が
できてから購買客に向けてどうアピールするかという
こと以上に、それ以前にしておくべきことがあるのだ。
原稿は、送ってしまえば自分一人のものではなくなる。
原稿に取りかかる前に類書がどれだけ出ているかを
調べたり、どのような読者を想定すべきかを考えるが、
まずは企画について、編集者とライターの共通認識が
欠かせない。
円天のL&Gが、このところマスコミやネットを
賑わせている。会長がどこまで作為的に
騙していたのか。あるいは本気で万民を幸せに
する事業計画だと思い込んでいたのか。
それはべつとして、勘違いした人々の落ち度は、
愚かにも騙されたところにあるのではなく、それ
以前に幸せをお金に置き換えているところ。
人類の本当の幸せを考える人は、マネーゲームの
類に手を出さない。
「信用」だけを循環させようとしても、それは人間と
人間の間での信用でしかない。
衣食住のどれをとっても、それが森羅万象の恵みで
あることを忘れては、人間は世界から脱落していく。
Recent Comments